ジョイント口座

皆さんは、ジョイント口座なるものをご存じですか?

私は知りませんでした。

どうやら、ハワイへよく旅行に行く人々には知られているようです。

ハワイでの連名預金口座のことなんです。

日本では、例えば新村三郎として口座を作りますよね。ハワイでは、新村三郎、新村次郎、新村一郎として連名で口座を作れるんですよ。口座を作るには、パスポートがあれば作れるということです。アメリカ本土では、預金口座を作るにはソーシャルセキュリティナンバー(SSN)が必要ですから、旅行者は預金口座を作れません。

テレビを見ていると、ハワイに別荘を持っている芸能人が出てきますが、彼らはこの口座を作っているのではないかと思います。この口座があれば便利ですよね。日本から現金を持っていく必要がないわけですから。ハワイとしても、たくさんのお金を使ってもらえばハワイ州にお金が入ってくるわけですから、住民の生活は豊かになりますよね。

前置きが長くなりましたが、ジョイント口座は相続財産になるのでしょうか?

日本では、常識として、預金は財産だから相続があれば相続財産として相続人が相続しますよね。誰がいくらもらうかで話がまとまらなくなることもありますよね。

ハワイでは、ジョイント口座は相続財産にならないんです。

生存連名者へ自動的に移転するので、故人の遺産にならないということなんです。ハワイでは、日本の法律は適用されませんのでハワイの法律が適用され、その結果は日本に及ぶということで日本でも相続財産にならないんです。平成26年7月8日東京地裁判決 平成24年(ワ)第17988号 が出てから、このことがはっきりしました。

裁判のあらましは、次のようなことです。

ジョイント口座を持っていた夫婦の一方(夫)が死亡して約3000万円の残高がありました。故人は遺言を残していて、子に6/10、妻に4/10という配分をしていました。これを妻が全部取得したので子が裁判を起こしたというものです。

裁判官は、あらまし次のような判決を出しました。

ジョイント口座は、所有者のいずれかが死亡した場合には、死亡した所有者の持ち分は自動的に生存所有者に移転する。預金残高の合計は、故人の遺産ではなくその生存名義人に帰属し遺言によっても変更することはできない。

日本の民法では、法定相続分より少ない財産を相続した相続人は、遺留分の主張ができます。ハワイのジョイント口座は、相続財産にならないということなので、遺留分の対象にならないということになります。驚きましたね~。

考え方によるんですが、これを利用すると、相続人ではない人が個人の財産をもらえて遺留分の主張もされないということで、ありがたいことだ、ということも言えますよね。

現在の民法では、相続人でない人が財産をもらえる規定としては、第554条(死因贈与)、第958条の3(特別縁故者に対する相続財産の分与)、第964条(包括遺贈及び特定遺贈)第1050条(特別の寄与)等がありますが、これらは対象者が限定されていたり手続きが面倒だったりと法律の知識がないと難しいということがあります。その点、ジョイント口座は簡単でいいですね。

どういう人が有難いか? 後妻で子供がなくて先妻の子がいる、妻が夫の両親の面倒を見ている、夫がなくなり妻が夫の両親の面倒を見ている、内縁の妻 等ということでしょうか。

相続税はどうなるのでしょうか?

この事件では、平成23年12月6日に渋谷税務署へ、妻が約3000万円のジョイント口座を相続したとして修正申告書を提出しています。判決は平成26年7月8日ですから、この判決の前です。修正申告書を提出した当時は、国外財産はすべて相続財産になるということで実務が行われていたのではないかと思われます。相続財産にならないということですから、この判決以降は、相続財産とみなすという規定がないと相続税は課税できないことになりますよね。相続財産にはならない生命保険金とか死亡退職金は、みなす規定がありますから、相続税が課税されていますよね。今のところ、ジョイント口座は、みなす相続財産の規定に記載されていません。

相続税法第1条の3第1号には死因贈与を相続財産とすると規定していますので、死因贈与になるのかということです。民法第549条(贈与)では、贈与は契約があることによって効力を生ずると規定しています。ジョイント口座は、ハワイ州法により取得しますので故人との契約によって取得するものではありません。

相続税法第9条(贈与又は遺贈により取得したものとみなす場合ーその利益の享受)には、対価を支払わないで利益を受けた場合として、遺言により贈与を受けた場合は遺贈により取得したものとみなすと規定しています。ジョイント口座は、ハワイ州法では、遺言による名義人の帰属を認めていませんから遺言の効力は生じません。

ということからすると、相続税を課税するのは無理があるのではないかと思います。

みなさんは、どのように思われますか?

次に、

我が国における所得税の課税所得の範囲は財産増加説的な立場に立ち、反復継続的な所得のみを課税対象とする制限的な構成ではなく、一時的偶発的な所得も含めすべての所得を課税対象とする包括的構成となっています。

これを踏まえたうえで、所得税法では第9条で課税対象から除外するするものとして、非課税の規定を設けています。この規定のいずれかに該当すれば所得税は課税されません。この規定に該当しなければ課税されるということになるわけです。

1項16号では次のように規定しています。

相続、遺贈または個人からの贈与により取得するもの(相続税法の規定により相続、遺贈または個人からの贈与により取得したものとみなされるものを含む。)

みなされるものとしての規定は第3条~第9条の規定があります。

このうち、死亡を原因とする財産の移転についてのものは、現在のところは、

第1条の3、1号かっこ書き(贈与をした者の死亡により効力を主ずる贈与)民法第554条(死因贈与)のことであると思います。

第3条1項1号(被相続人が負担した保険料がある場合の生命保険金)

第3条1項2号(被相続人の死亡により受領した退職手当金)

第4条(特別縁故者に与えられたもの)

第8条(遺言によりされた債務免除)

第9条(遺言によりされた経済的利益の享受)

があります。

死亡を原因とする財産の移転については、すべてが相続税の対象とされているわけではなく、相続税法のみなし規定に該当しなければ相続税は課税されない、ということになっています。租税法律主義による予測可能性、法的安定性(相続税法に定義規定がない場合は民法等の規定を借用するということであると思います。)からすると当然のことですよね。

ハワイにおけるジョイント口座は、相続の対象にならないということですから、これらのみなし規定に該当しなければ所得税が課税されるということが言えます。判決文を読む限りでは、これらのみなし規定には該当しないと思われますので所得税が課税されると思います。

所得税法第34条(一時所得)では、

利子所得…譲渡所得以外の所得のうち、営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得で労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないものをいう。

と規定しています。

ジョイント口座に残っていた約3800万円の預金の持ち分をどのように扱ってよいのか定かではありませんが、仮に妻の持ち分がゼロであったとすると、50万円を控除した残りが所得となります。課税所得となる金額は、この半分となりますから(所得税法第22条)1875万円ですね。被相続人の妻にどの程度の所得があったかわかりませんので何とも言えませんが、仮に、他の所得がないとして、所得控除は基礎控除の38万円だけであるとすると

(1875万円-38万円)×40%-279万円=約455万円

が所得税の納付税額となります。

判決文から推測すると、相続税の税率は55%のようですから、

3800万円×55%=2090万円

が相続税の納付税額になります。

あなただったらどうしますか?

所得税を支払いますか?相続税を支払いますか?