共有持ち分の放棄

昭和51年2月17日東京地裁判決では、相続税法9条の趣旨を次のように述べています。

相続税法9条の規定は、私法上の贈与契約(筆者注:民法549条(贈与)の規定であると思います。)によって財産を取得したのではないが、贈与と同じような実質を有する場合に贈与の意思がなければ贈与税を課税することができないとするならば、課税の公平を失することになるので、この不合理を補うために、実質的に対価を支払わないで経済的利益を受けた場合においては贈与契約の有無に拘わらず贈与に因り取得したものとみなし、これを課税財産として贈与税を課税することとしたものである。

この判断は、高裁、最高裁でも支持されています。

この事例は、妻が所有する建物に夫が増改築工事を行い、その費用を夫が全額負担したことに対して相続税法9条を適用して贈与税が付加されたというものです。

妻は、贈与とみなされて贈与税を賦課されたこと及び民法242条(不動産の付合)により増改築部分の所有権を取得したことから、所有する建物の取得価額は工事代金相当額が増加していると判断することができると思われます。従って、夫が事業用として使用しているものであれば、資本的支出に該当する部分は減価償却の対象になりますし、そうでない部分は修繕費に該当することになると思われます。また、将来妻が、この建物を譲渡するようなことがあれば所得税法38条(譲渡所得の金額の計算上控除する取得費)の適用を受けることができると思われます。

民法255条(持分の放棄及び共有者の死亡)

共有者の1人が、その持分を放棄したとき、又は死亡して相続人がいないときは、その持分は、他の所有者に帰属する。

相続税法基本通達9-12(共有持分の放棄)

共有に属する財産の共有者の1人が、その持分を放棄(相続の放棄を除く。)したとき、または死亡した場合においてその者の相続人がないときは、その者に係る持分は、他の共有者がその持分に応じ贈与または遺贈により取得したものとして取り扱うものとする。

これについての逐条解説では次のように記述しています。

この場合において、持分の帰属者は、なんらの対価を支払うことなくその持分相当額の財産の増加を来すことになるので、法第9条の規定により、その共有者の放棄した持分…を他の共有者がその持分に応じて贈与…により取得したものとして取り扱われるものである。

民法549条(贈与)の規定と、民法255条の規定とは明らかに内容が違います。

これを同一視しているのはどういうことでしょうか?

ご紹介した東京地裁の判決で述べられている相続税法9条の趣旨からしても、民法255条の規定を相続税法9条に該当させるという取り扱いには強い違和感を感じます。どうしても贈与税を賦課したいのであれば、新たなみなし規定を設ければよいのではないかと思います。

民法549条(贈与)の規定に該当しないことから、相続税法9条の規定がなければ贈与税が課税されないと思われる法律の規定には、次のようなものがあります。

刑法244条(親族間の犯罪に関する特例)1項

配偶者、直系血族または同居の親族との間で第235条の罪(窃盗)、第235条の2の罪(不動産侵奪)又はこれらの罪の未遂罪を犯した者は、その刑を免除する。

刑法251条(準用)第242条、第244条及び第245条の規定は、この章の罪(詐欺及び恐喝の罪)について準用する。

刑法255条(準用)第244条の規定は、この章の罪(横領の罪)について準用する。

これらの規定により罪は免除されても、財産の移転については相続税法9条の趣旨により贈与税が課税されるものと思われます。

移転した財産について民法703条(不当利得の返還義務)の適用を受けるための訴訟を提起されて、裁判の結果その財産を返還することになれば、更正の請求をすることにより支払った贈与税は返してもらえると思います。

さて、本題に戻りますと、

民法で贈与としての取り扱いをしていないものを相続税法で贈与とすることについては、法的安定性が損なわれるということから賛同を得ることは困難であるということがあるんでしょうか?だから通達で相続税法9条に該当するとしているのでしょうか?

民法255条を相続税法9条に該当させて贈与税を賦課した場合には、所得税法60条(贈与等により取得した資産の取得費等)の規定が適用されないということが世間に流布されているようです。理由は「相続税法の規定により個人が贈与により取得したものとみなされるものを含む。」との明文が所得税法60条には規定されていないから、ということだそうです。これについては、国税庁のホームページにには載っていませんので、そのまま鵜呑みにすることはできませんが、でも一般論として通用しているようです。

1000万円で購入した土地を1/2ずつの共有で所有していたとします。この持ち分を放棄すると片方の者の単独所有となるというのが民法255条ですよね。単独所有となった後に、これを3000万円で譲渡できたとします。

まず、贈与税は

3000万円×1/2=1500万円×45%-175万円=500万円 となります。

所得税は

取得費 放棄前は1/2共有でしたから 1000万円×1/2=500万円

放棄後の残り1/2相当の額(取得費を引き継ぎませんから)0円。概算経費率を適用できますから

3000万円×1/2=1500万円×5%=90万円

税額 (1500万円-500万円)×15%=150万円

(1500万円ー90万円)×30%=423万円(取得時期を引き継ぎませんから短期譲渡になります。)

150万円+423万円=573万円

贈与税と所得税の合計額  500万円+573万円=1073万円

すごいことになりましたね~。

相続税法9条の趣旨から判断すると、民法255条の規定を贈与として扱うのには無理があるのではないかと思います。

所得税法9条(所得税の非課税規定)1項16号に該当しないと判断した場合には、所得税は課税されることになります。

通達は、国税庁の公的見解を表明した文書ですから、一般に公表して納税者の予測可能性を高め、自発的な納税義務の履行を適正かつ円滑に実現するための文書であると思います。従って、法律ではありませんから相続税法基本通達9-12が「相続税法の規定により…みなされるものを含む。」には該当しないと思われます。

相続税法基本通達9-12の逐条解説では、「何らの対価を支払うことなく財産の増加を来すことになるので」というのが相続税法9条適用の理由とされていることは先にご紹介しましたが、財産の増加を来すことになったことについての税金は贈与税だけではありません。

所得税法36条(収入金額)では、1項の()書で次のような場合も収入金額として扱うと規定しています。

金銭以外の物又は権利その他経済的利益をもって収入する場合には、その金銭以外の物又は権利その他経済的利益の価額

2項では、()書の価額は、取得し又は利益を享受するときにおける価額とする。

所得税法34条(一時所得)では次のように規定しています。1項で

一時所得とは、利子所得…譲渡所得以外の所得のうち、営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得で労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないものをいう。

3項では50万円の特別控除が適用になることが規定されています。

ですから、一時所得として申告しても所得税法に違反するとは思えません。

また、所得税法22条では、50万円控除後の金額の1/2の金額を課税所得とすると規定しています。

申告しないで放置しておけば、課税庁から決定あるいは更正の処分がされますから、その時には相続税法基本通達9-12が適用されることになると思われます。その時には、処分庁には、国税通則法74条の14(行政手続法の適用除外)により、処分には理由を付記することが義務化されています。

先ほどの計算例で、放棄の時の所得税を計算してみます。

3000万円×1/2=1500万円ー50万円=1450万円×1/2=725万円 これが課税所得です。

この所得だけとして、所得控除は基礎控除だけとして計算しますと

(725万円ー48万円)×20%-約42万円=約93万円

贈与とする場合は500万円でしたから、だいぶ違いますね。

放棄があって、単独所有となった後に3000万円で譲渡したとすると、譲渡所得税はいくらになるんでしょうか?

気になるのは、取得費がいくらかということですよね。

参考になる判決例がありますのでご紹介します。

平成4年3月10日東京地裁判決

民法162条(取得時効)により取得した土地を所有していた者が、その土地を譲渡した場合の取得費をいくらとするかを決定した記述は次の通りです。

取得費

土地の時効取得による所得は、所得税法上、一時所得として所得税の課税対象となり、その場合の収入金額は、当該土地の所有権取得時期である時効援用時の当該土地の価額であると解すべきである(所得税法36条1項、2項)。そうすると、当該土地の時効援用時までの値上がり益は、右一時所得に係る収入金額として所得税の課税対象とされることになるから、時効取得した土地を譲渡した場合のその譲渡所得に対する課税は右時効援用時以降の当該土地の値上がり益に対して行われることになり、したがって、右譲渡所得の計算上、その取得費の価額は、右一時所得に係る収入金額すなわち時効援用時の当該土地の価額によるべきこととなる。

ということです。

共有持ち分の放棄により相続税法9条の適用を受けるとした場合に、所得税法60条(取得時期、取得価額の引継ぎ)は適用されないとした見解によれば取得費はゼロとなり(概算取得費控除5%は適用可)、非常に納税者が不利益を被ることになります。共有持ち分の放棄が一時所得に該当するとすれば、その取得した土地を譲渡した場合の取得費は、一時所得の収入金額とした金額となるということになります。

先の計算例を使って譲渡所得の税額を計算しますと

従前から所有していた持分 (3000万円×1/2ー500万円)×15%=150万円

一時所得とした持分    (3000万円×1/2ー1500万円)×30%=0円

一時所得とした場合の税額合計は

一時所得の税額 93万円+これを譲渡した場合の税額150万円=243万円 となります。

そうすると、贈与とした場合の税額合計は 1073万円 でしたから、大変な違いが出ることになりますよね。

あなたなら、どうしますか?

余分なことになりますが、

相続税法19条(相続開始前3年以内に贈与があった場合の相続税額)では、

相続又は遺贈により財産を取得した者が、相続開始前3年以内に被相続人から「贈与」により取得した財産があれば、相続財産に加算する

ということを規定しています。

民法255条の規定は「贈与」ではありませんから、仮に、申告しなかったため決定あるいは更正処分が相続税法基本通達9-12に基づいて行われたとしても、相続財産に加算する必要はないと思います。

また、

民法では、遺留分の対象となるものを民法1043条で規定していますが、そこでも「贈与」が対象となるとしていますから、民法255条を適用したものは遺留分の対象にならないと思われます。